mariafuruki story

なぜondomediaを作ったのか?

「出会い」が人生を変えていく。

私自身がこのことに気付き、そして人生が変わるような経験を幾度となくしたことが、ondomediaというフリーランス集団のメディア制作所を立ち上げ、そしてディレクターとして生きていくことになったきっかけでした。なぜ「出会い」で、私たちの人生が変わるのか。

私自身のバックストーリーをお伝えすることで名前だけでも覚えていっていただけたら嬉しいです。※これまでの実績はプロフィールA面よりご覧いただけます。

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心の温度をあげるインタビューマガジン「STORQ」

わたしが作られたこども時代

ウルトラマンの街。地元、祖師谷では商店街が賑わっていて、同級生の両親 がお店や会社を営まれている方々が多かったんです。ただ、作った記事がみんなに広まれば、なんか面白そうかも。という好奇心だけで動いていたような気がします。クラスで新聞委員を勝手に作って学校が終わった放課後に商店街で働く人々のインタビュー をして回ったりとにかく変わったこどもでした。

漫画スラムダンク・あひるの空に影響されて、中・高校時代はバスケ一色。ボールを追いかけ明け暮れる日々を過ごして、傷や怪我が絶えない子でした。諦めたらそこで終了ですよ。と言う安西先生の名言は、今でもたった1パーセントの可能性があるならとにかくやってみる。という精神を作ったように思います。

そんなわたしが就職先に選んだのはテレビ番組制作会社。いろいろな場所に行き、多様な異色・濃い個性の集まりであるテレビ業界に身を置けば自分の価値観を広げられると考えたから。自分の編集で一人でも多くの人の、心と時間の余白を生み出すことができるのではないかとそう思っていました。

東日本大震災の2011年。日本が悲しみに包まれ、一生忘れられない年に大学を卒業。眼力鋭く、気を抜かないよう身体に力をいれ制作会社がある渋谷へと向かいました。

こうして社会人生活をスタートさせたわたしは、締め切りに間に合うようにとか時間に追われる日々に翻弄される日々で。そんななか、いつしか心と身体がついていっていない。身体は元気なのに、心が常に落ち込んでいて自信がない。その状態が何年も抜けなかったんです。

人との出会いに救われた

それから、妊娠を機にフリーランスに。何ひとつ予定通りにいかない妊娠・出産・育児と夫の関係との向き合い方にも、いまだに試行錯誤しながら迷いながら、周りに助けられながらですが自分の「なんかいい感じじゃん」の働き方に辿り着くまで、かなりの時間を費やしました。そのときに、支えになったのは【本】との出会いでした。

著者からもらうエネルギー。そこから、自分で調べてその人が配信しているものをむさぼるように見ていました。言葉に乗った情熱と優しさに引き込まれていってその言葉に勇気づけられ自然と元気を取り戻していきました。

わたしの人生は全て人によって好転していったような気がします。高校の時は学校に行くフリして別の場所で時間を潰して部活だけ出るみたいなことをしていた時、ついには家に帰りたくないという気持ちになってしまって。出会ったのは妖怪界では有名な水木しげる先生。ある駅で、ふてくされて制服のままうずくまっていたところをお腹すいてないか。と声かけてくれなにも無い私を助けてくれてから、ずっと励ましてくれてました。

「誰かの生き様や考え方を感じたとき、人は変われたり、また、前に踏み出せる勇気になるのではないだろうか」そのことを確信した私は、自分と同様の体験ができる人が増えるといいな。と漠然でしたがそう考えるようになりました。

ほんとうにやりたいことってなんだろう。

妊娠してから、身体の変化のスピードが凄まじく心身共にボロボロになっていきました。ましてや、産まれてからの方が大変というのは言うまでもなく。妊娠してから10ヶ月まで頼まれていた作業を、必死にしていましたが、その時思っていたのは、今までのような自分1人だけではなくこの子を第一に考えながら続けられる働き方でなくては、お互い幸せになれない。2人にとって、ベストな形ってなんだろう。この子が、大きくなった時にママなんかいつも楽しそうだね。と言ってもらえる仕事ってなんだろう。そのことで常に頭はいっぱいでした。

人脈も知名度も大した実績もなくて、どうやって?とお思いになる方もいるでしょう。でも、そこに飛び込む勇気と直感力だけはある。それだけ持っていれば充分だ。と根拠のない自信で持ってます。

自分の深いところに本気の質問を繰り返していくうちに、先もわからないけど楽しみなワクワクする日々が待っていた。人に会うことで、インスピレーションとモチベーションというパワーを貰い続けていました。

人々の人生にはそれぞれ物語がある。

その物語に紡がれた言葉をより多くの人に届けたい。そこには魂が乗った心に響く物語ばかりでした。

そのとき直感で、エキサイティングでパッション溢れてる仕事ってこれじゃないか。こんな私でも、人に会い続け、世の中の役に立つことで、感謝されることってこんなに心震えるほどハッピーな仕事って最高じゃないか。

あれから、2年。まだまだスタートラインにようやく立ったところですが、出会いによって人生が変わる体験を何度もしてきた私が今度は、これから出会う全ての方為と応援してくれる方々の為に。温度が感じられるようなメディア。音頭をとる人の手助け。をしていきたいと思い、ondomediaを作りました。

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